霊操 1-22

2019年7月1日

IHS

1 以下の述べる霊操において、理解をいくらかでも深めるための指示。

この指示は、霊操を与える人にも、それを受ける人にも、助けとなるためのものである。

第一

霊操とは、良心の究明、黙想、観想、口祷と念祷のあらゆる方法を意味する。霊操は、又後に述べるように、他の霊的修業も意味する。散歩したり歩いたり走ったりするのを体操と言うが、同じように、霊魂を準備し整えるあらゆる方法を霊操というのである。その目的は、まず、乱れたあらゆる愛着①を棄てる事であり、その後、霊魂のたすかりのために、自分の生活を整える事について神のみ旨を探し、確かめる事である。

21

①原文は「秩序のない愛着」、すなわち、原理と基礎(23)に基づいた秩序にそわない愛着。

②下段に掲げた番号は平行箇所、すなわち、同じ言葉又は考えの出る他の箇所を示す。

2 第二

相手に黙想か観想の方法を教える人は、その観想か黙想の内容を忠実に伝え、要約した短い説明をし、要点だけを順序良く伝えなければならない。それは、観想する人がその内容の本当の核心だけをつかみ、自分一人で考え、推理するためである。推理の成果であろうと神に力によって知性を照らされてであろうと、その結果、内容を少しでも明らかに悟らせる何かを霊操者が見つけるなら、霊操を与える人がその内容を詳しく長く説明する時よりも、一層霊的な味と利益を得るであろう。というのも、心を満たし満足させるのは、広い知識ではなく、ものを悟り、それを内的に味わう事だからである。

363 / 12, 76 / 69, 124

3 第三

これから続く全ての霊操において、私達は考える時には知性を働かせ、感動を呼び起こす時には意志を働かせているので、次の事に注意すべきである。私達が意思を働かせて主なる神と聖人に言葉に出してか又は心の中で話している時は、知性を働かせて考えている時よりも、より深い敬意が必要であろう。

50, 263 / 114

4 第四

霊操には、四週間があてられる。それは霊操が四部に分かれているので、それに相当する時間が四週間になるからである。霊操の第一部は罪の考察と観想を含み、第二部は枝の主日迄の主キリストの生涯の秘義、第三部は我が主キリストの受難、第四部は復活と昇天、又祈りの三つの方法を含む。しかし、各週に必ず七、八日間を使うべきであるとは限らない。というのも、第一週でその目的(痛悔と罪への悔恨と涙)を達成するうえで、ある人は普通よりも遅いし、同様にある人は他の人よりも熱心であり、又種々の霊に動かされ試されるため、場合によっては週を短くしたり長くしたりしなければならないからである。他の週も同様にし、それぞれの内容に応じて①事を探すべきである。ただし、霊操はおよそ三十日間で終わるべきである。

55 / 162, 209 / 226

①霊操の各週の目的を達成させること。

5 第五

霊操を受ける人には、自己の創造主に対する雄々しい心と惜しみない態度で霊操に入るのが大きな助けとなる。従って、自分自身とその持てる全ての物を主なる神がいと聖なるみ旨のままに用いられるよう、自己の望みと自由をことごとく神に捧げなければならない。

98, 234 / 180, 32

6 第六

霊操を与える人は、慰めとか荒みのような霊的な動きが霊操者の心に少しも現れず、種々の霊に動かされてもいないと分かった時は、霊操者に決まった時間に霊操をしているかどうか、又どういうふうにしているかをよく尋ねてみなければならない。同じく付則についても熱心にそれを守っているかどうかを尋ね、この一つひとつについて報告を求めなければならない。慰めと荒みに関しては(316-324)参照、付則は(73-90)参照。

89, 176 / 77, 160

7 第七

霊操を与える人は、それを受ける人が荒みと誘惑に悩んでいるのを見た時は、彼に対して厳しく無愛想な態度を取る事なく、むしろ優しく穏やかに対応しなければならない。又今後のために彼に勇気と力を与え、人間の敵の悪だくみをあばき、後に来る慰めのため心を備え用意をさせるべきである。

321, 324 / 1

8 第八

霊操を与える人は、すさみと敵の悪だくみ、又慰め等について、霊操者に必要と思われるところに従い、第一週(313-327)と第二週(328-336)の規定を説明してよいであろう。その規定は種々の霊をわきまえるためのものである。

9 第九

次の事に注意すべきであろう。霊操者が今迄霊的な事に精通しなかったと想定しよう。もしも第一週の霊操において、ありふれた明らかな誘惑(苦労を恐れる事、恥と世間からの名誉にこだわる事等で、主なる神への奉仕の道が妨げられる誘惑)に左右されているならば、霊操を与える人は第二週の種々の霊の規定を説明してはならない。なぜかというと、第二週の規定は微妙なもので、霊操者の理解力を越える高遠なものであるから、第一週の規定が益となるのにひきかえ、第二週の規定は害となるからである。

349, 350 / 150, 315 / 328 / 313

10 第十

霊操を与える人は、霊操者が善を装う誘惑に襲われ、誘われている事が分かったならば、その時、前述した第二週の規定を説明するのはよい事である。というのは、霊操者が第二週の霊操に当たる照しの道を修めている時、人間の敵は善を装いより頻繁に試みてくるのが常だからである。第一週の霊操にあたる清めの道の場合には、この誘惑はそれほど激しくはない。

328 / 332

11 第十一

第一週の霊操を受ける人は、第二週の課題について何も知らない方が有益であろう。むしろ第二週には何らよいものを見つける見込みがないかのようにして、第一週の間自分の目指しているものを手に入れようと務めなければならない。

127 / 1, 4, 89

12 第十二

霊操を与える人は、霊操者に次の事をよく注意させるべきである。毎日行う五つの霊操や観想の一つひとつにそれぞれ一時間をあてなければならない。そして、その霊操のためにまる一時間(それ以下よりもそれ以上の方がよい)をかけた想いで心が満足するように常に務めなければならない。なぜなら、観想と黙想、又は祈りのその一時間を短縮させようとする敵の努力は、稀ではないからである。

128, 255 / 2, 18b, 86

13 第十三

次の事も注意すべきであろう。すなわち、慰めの時、観想のためにまる一時間を過ごすのは、やさしくしのびやすであろうが、荒みの時は、その一時間を守るのが非常に難しい。それゆえ、霊操者は荒みに抵抗し、誘惑に打ち克つため、祈りを常にまる一時間より少し余分にしなければならない。そうする事によって、敵に抵抗するだけでなく、敵を打ち倒す心を養っていけるであろう。

16, 97, 157, 217, 325, 351

14 第十四

霊操を与える人は、霊操者が慰めと熱心さに溢れているのを見るならば、軽率に慌てて約束をしたり誓願を立てたりしないように前もって注意しなければならない。霊操者が軽い性格の人と分かったならば、なおさらそうしないように勧め、忠告すべきであろう。従順と清貧と貞潔の誓願を立てる修道生活を相手に勧めるのは確かに正しいし、又誓願を立ててからの善行は誓願なしの善行よりも功徳のある事である。にもかかわらず、約束したい人はまず自分の性格と能力の事をよく検討し、約束を守る上で、どれほどその性格が助けや妨げになるかをよく見なければならない。

356, 357 / 18a, 23

15 第十五

霊操を与える人は、霊操者に、何も約束しない生活よりも清貧か他の誓願を立てる生活へ促す等して、ある身分①と生き方よりも他の身分へと導いてはならない。独身の純潔にせよ、又は童貞の道、修道生活、福音的完徳に至る他の道にせよ、霊操外の時なら、その資格がありうる人にこのような道を勧めるのは認められているし、功にもなるであろう。しかし、この霊操の間、霊魂がみ旨を求め、創造主おん自らがご自分のものである敬虔な霊魂に接して、神への愛と賛美の火で燃やし②、今後神への奉仕がよりよくできるように霊魂を導かれるのは更にふさわしく、より良い事であろう。従って、霊操を与える人は、どちらかに偏りも傾きもせず、均衡のとれた秤の針のように真中に立ち、創造主が直接に被造物に働きかけ、被造物が直接に創造主に接するままにしておかなければならない。

356, 357 / 180, 316, 330 / 179

①身分とは、聖職者と修道者、又一般信者のそれぞれの道を意味する。教会法もその意味で使っている。

②別訳、「御自分への愛と賛美の中で霊魂を抱擁し」。

16 第十六

前述の目的のために、すなわち、創造主がご自分の被造物により確実に働けるため、もしその霊魂が適度を欠いて何かに愛着し傾いているならば、全力を尽くして悪い愛着と逆の方向へ心を向けるのは、非常に有益である。例えば、霊操者が聖職を求め、又は教会からの収入を望み、それを手に入れたい愛着があると仮定しよう。それを望むのは、主なる神の誉れと栄光及び霊魂の助かりのためではなく、自分の現世的利益と便宜のためであるならば、逆の態度へ心を向けなければならない。そして、祈りと他の霊的修行に専念し、主なる神にこれと反対の態度を願うべきである。すなわち、主なる神が自分の望みの乱れを直し、従来の愛着の心を変えて下さらない限り、もうその聖職と収入、又他のいかなるものも望みたくないと、主なる神に願うべきである。従って、あれよりもこれを望んだり持ち続けたりする理由は、主なる神への奉仕と誉れと栄光だけでなければならない。

1, 21, 150 / 13, 97, 169 / 157, 319 / 351 / 23, 46, 155, 172, 184, 235

17 第十七

霊操を与える人が、霊操者の個人の考えと罪を聞きたださず、又それを知ろうとせず、種々の霊がもたらす様々な動きと考えについて霊操者から正確な報告を受ける事は非常に役立つのである。なぜかというと、霊操者に助けとなる程度で、又前述した霊に動かされる霊魂の必要に応じて、いくつかの適当な霊操を与える事ができるからである。

32, 336 / 4, 22

18a 第十八

霊操を受けようとする人の能力(すなわち彼らの年齢や教養や知力等)に応じて、霊操を彼らに適用すべきである。従って、無学で、虚弱な人の場合、無理なしには実践できず、利益にもならない霊操は与えない方が良い。又、霊操者が霊操から一層助けと利益を受けるために、霊操に励む各自の心構えに応じて、適切な霊操を与えなければならない。

14, 72, 205 / 4

18b 従って、教養のため、又心をある程度満足させるためだけに助けを望む人には、まず特別究明を与え(24)次に一般究明(32)、同時に毎朝十戒と原罪等に関する祈りの方法(238)を約半時間教えてよい。又毎週の告解を勧め、できれば二週間ごとに、又それ以上に望めば、毎週でも聖体拝領をするように勧めてもよい。この指導は、むしろ教養のない無学な人に適する。十戒を一つひとつ説明し、罪源、教会の掟、五官、慈善の業についても同様にする。

2, 12, 76 / 44, 354 / 238, 248

18c 同じく、霊操を与える人は、霊操者の体力が乏しく、生来能力にも恵まれていず、当人からたいした実りが期待できないと分かった場合は、告解する迄に先ほど述べたいくつかの簡単な霊操を与えたほうがよい。そしてその後、得たものを保てるように、種々の究明や従来より更に度々告解する方法を教えるのはよいが、選定の事迄は進まず、第一週以外のいかなる霊操にも進まない方がよい。他の人からもっと豊かな実りを収める事ができるし、みなのために十分な時間がないだけに①、尚更そうすべきであろう。

①別訳、「時間がない場合」。

19 第十九

公務とか手放せない仕事で手がふさがっている人なら、学者にせよ能力のある人にせよ、霊操のために一時間半を取り、人間が何のために造られたかを説明し、その他三十分の間、まず特別究明、その後一般究明、又告解と聖体拝領の仕方を教えるのはよいであろう。三日間、毎朝第一、二、三の罪を一時間黙想し(45)、次の三日間、同じ時間に自分の罪を順次思い浮かべて黙想し(55)、又次の三日間、同じ時間に罪に相当する責め苦について黙想すべきである(65)。この三つの黙想を与える間に十の付則を説明する(73)。我が主キリストの秘義については、後に霊操ごとに詳しく説明される順序を守る。

20a 第二十

もっと余裕があり、できる限りの益を望む人には、霊操が進む順序に従って、全ての霊操を与えるべきであろう。適当な手段を定め、友人や知人、及び世間への心遣いから完全に遠ざかれば遠ざかるほど、霊操から一層益を収めるであろう。例えば、住んでいる家を出て、他の家、又は他の部屋に移り、できるだけ目立たずに住む方がよい。こうすると、知人からの妨げを心配する事なく、自由に毎日ミサ聖祭と晩課に与る事ができるであろう。

23

20b この離れた生活から生じる利点は多いが、その中に大事な点が三つある。

第一、神を賛美し仕えるために、多くの友人と知人、又、正しく整っていない多くの用事から遠ざかる事によって、主なる神の前にひとかたならぬ功徳を積むであろう。

第二、このように独居している人は、様々な事に心を散らさず、ただ一つ、すなわち、創造主への奉仕と自分の霊魂の利益にだけ心を配るであろう。そうすると、自分の生来の能力を一層自由に使い、切に望むものを懸命に求められるであろう。

第三、霊魂が独りとなり、用事から離れた生活になると、それだけ創造主に近づき、主に結ばれるのにふさわしくなるのである。そして、このように神と一致すればするほど、神の限りない慈しみから種々の恵みと賜物を受けるためのより良い準備ができるのである。

177, 4

21 自分に打ち克ち、いかなる乱れた愛着にも左右される事なく生活を整えるための霊操

217, 1, 16, 97 ,169a, 172

22〔前提条件〕

霊操を与える人及びそれを受ける人は、いずれも一層の助けと利益を受けるために、次の事を前提とすべきである。すなわち、よきキリスト信者は誰でも、相手の言葉を非難するよりも、良い方にとる態度をもっていなければならない。そして、良い解釈が無理ならば、相手がその言葉をどういうふうに説明するかを聞き、そこに間違いがあるならば、愛をもってそれを正すべきである。そして、それでも足りなければ、あらゆる適当な手段を探し、相手がその言葉を正しく理解して救われるようにしなければならない。②

①原文にない見出しはカッコに入れて示す。

②別訳、「相手がその言葉を正しく理解し、よい方に解釈できるようにしなければならない。」

Posted by 枝人